吉村昭文学碑(よしむら あきら・ぶんがくひ)

水平線に 光の帯が流れている 漁船の数はおびただしいらしく 明るい光がほとんど切れ目もなく 点滅してつらなっている それは夜の草原に壮大な陣を布く 大軍の篝火のようにみえ 光が 水平線から夜空一面に広がる 星の光と同じまたたきを くりかえしていた

吉村昭<星への旅>より

吉村昭文学碑-1

吉村昭文学碑-2

場所/岩手県下閉伊郡田野畑村真木沢(鵜の巣断崖展望台付近)

吉村昭

 作家である以上、執筆の好不調の波が必ずあるのでしょう。吉村さんも若い頃、創作上の行き詰まりを感じられた時期があったそうです。そんなとき、田野畑出身の友人と一杯飲んでいて、友人が語る「俺の故郷の海はたぶん小説になる」との言葉に惹かれ、田野畑を訪れてみたそうです。

 そんなキッカケで訪れた、田野畑の断崖から眺めた景色からのインスピレーションで創作された『星への旅』が太宰治賞を受賞。先生によれば田野畑は自分の作家としての原点であるとのことです。以後、明治39年の津波を題材にした『三陸海岸大津波』(中央公論社)、さらに『幕府軍艦「回天」始末』『梅の蕾』(文芸春秋)など、田野畑と深いつながりを持った作品群を発表され、生前は村と深いかかわりを持っておられました。

昭和2年5月1日 東京に生まれる。私立東京開成中学校を卒業、病気のため旧制学習院高等科中退、学習院大学中退。
昭和34年 「鉄橋」が芥川賞候補、ついで「貝殻」「透明標本」「石の微笑」が同賞候補。
昭和41年 「星への旅」により太宰治賞受賞。
昭和48年 「深海の使者」により文芸春秋読者賞、「戦艦武蔵」「関東大震災」などにより菊池寛賞をそれぞれ受賞。
昭和54年 「ふぉん・しいほるとの娘」により吉川英治文学賞受賞。
昭和60年 「冷い夏、熱い夏」により毎日芸術賞、「破獄」により読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞をそれぞれ受賞。
昭和62年 日本芸術院賞受賞。
平成3年 東京都民文化栄誉賞受賞。
平成4年 荒川区民栄誉賞受賞。
平成6年 「天狗争乱」により大佛次郎賞受賞。
平成9年 日本芸術院会員。日本文芸家協会副理事長・近代文学館常務理事。
平成18年 逝去、享年79歳。